院長紹介

もっと院長のことを知って頂くために


少年時代

私の父は自営業をしておりました。 かなりの仕事人間だったため、あまり父と遊んだ記憶はありません。ただ、幼稚園や小学校が休みの日の前日の夜に、こっそりと父親と一緒に夜食を食べに行くことをいつも楽しみにしていました。そんな大好きな父親のように、いつかは自分で何かを始めたい、と感じながら育ちました。

母親は専業主婦だったので、スキーや旅行など、いつもいろいろなところに連れて行ってもらったことを覚えています。

そんな両親と、兄、妹と一緒に、特にやんちゃなわけでもなく、平凡な毎日を送っていたと思います。

その中でも、一緒に住んでいたおばあちゃんは私の事をものすごくかわいがってくれており、私はおばあちゃんっ子として育ちました。

小学校6年生からは、家庭教師をつけて中学校受験に専念していたのですが、その家庭教師が当時の私にとても大きな影響を与えてくれました。

先生は当時医学部の1年生になったばかりの大学生だったのですが、非常にバイタリティにあふれていました。様々な事に興味を持ち、英語や広東語をペラペラと操り、音楽にも詳しく、「カッコイイ大人」というような憧れの存在でした。

今考えると大丈夫?と思われそうですが、先生とは一緒に旅行に行ったり、ゴーカートに乗りに行ったり、ゲームセンターに連れて行ってもらったりと、勉強以外にもいろいろな社会勉強?をさせてもらったと思っています。

もちろん勉強もしっかりと教えて頂き、中学校は第一希望の学校に入ることができました。


高校時代

高校も中学校からのエスカレーターで入学。中学も高校も特に部活などには入らず(あまり体を動かすことが得意ではなかったので)、友達との遊びに明け暮れていました。

高校3年生になると進路を悩みました。 もともと文系だったのですが、いずれは父親のように何か自分で事業をしたい、そのためにも手に職をつけよう、という考えを持つようになりました。

そして、どうせ目指すなら困難な道の方が良い!という考えで、医学部か歯学部にターゲットを定めて勉強をはじめました。家庭教師の先生が医学部だったことも、自分にとっては決断の理由になっていたのかもしれません。とは言っても高校3年生での進路変更はたやすいものではなく、結果浪人生活を送ることになりました。

そして猛勉強の末、歯学部に入学する事ができました。


大学時代

大学時代は岐阜の片田舎で過ごすことになりました。

歯学部は非常に狭い世界で先輩・後輩関係がかなりキッチリとしています。もちろんその生活にどっぷりとつかる事も良いとは思うのですが、元来自由な性格なのと、もっと広い世界でいろいろな事を学びたい、という考えがあったので、遊ぶ時には学校の友人だけではなく、それ以外の自分とは違う世界の友人と遊ぶことも多かったです。

勉強も大変ではありましたが、将来の自分の開業の為の技術を学んでいる、と考えるとそれほど苦痛だと思ったことはありません。


卒業後…

研修医時代は神戸にある有名な歯科医院で、その後は大学のインプラント科や名古屋の歯科医院(入れ歯やインプラント、かみ合わせや歯周病治療において、著名な先生の医院)で修業をさせていただきました。この時代に歯科医師としての技術はもちろん、患者様とのコミュニケーションや歯科医師としての考え方、有り方、そして経営に至るまで非常に多くの事を学ばせていただきました。

このような医院で働くことによって、もっと多くの事を学びたい!という気持ちも強くなり、おそらく同学年のだれよりも勉強したのではないか、と思えるほど勉強しました。大学受験のときよりも、大学時代よりも国家資格取得時よりも、沢山の時間を勉強に費やしたと思います。

その後は縁あって岐阜県の歯科医院で勤務したのちに、現在の桔梗平に理想の医院を開こうと決意しました。


ききょう歯科クリニックを開院

こういう言い方をすると、誤解をうけるかもしれませんが、おばあちゃんっ子だった事もありますが、私はお年寄りが好きなんです。自分の倍近く、倍以上の人生を過ごしてきたお年寄りの方のお話をききながら、ずっとおいしいご飯を食べてもらいたいな、という気持ちで治療にあたっています。

ですので、特に入れ歯の精度にはこだわりを持っていますし、インプラントも希望した患者様に自分の歯かと思ってもらえるよう、常に治療技術を学び続けています。(大学での専攻もインプラントです)

実は私には一つだけ後悔していることがあります。大好きなおばあちゃんは、昔ながらのインプラントを入れていました。私が歯科医師になってから、「最近インプラントの調子が悪くて痛い、やっちゃんの所で見てほしい」と言われていたのです。

おばあちゃんはそのとき、体調があまり優れずに入院していましたので「退院したらおいで~」と返事していました。しかしおばあちゃんはそのまま退院することなく、希望を叶えてあげることができなかったのです。

もちろん全ての世代の方がそうだと思いますが、特にお年寄りの方は食べることに喜びを感じている方が多数いらっしゃると思います。そうした方たちにお口の中にストレスを感じさせず、一生豊かな生活を過ごしてもらいたい。その思いは今も昔も変わりません。

そしてそのためにも、入れ歯やインプラントという治療に頼る前に、自分の歯を残すよう予防をしっかりと広める必要があると考えています。

キキョウの花言葉は「誠実」・・・。自分だったらどんな治療をされたいか。患者様が自分の家族やおばあちゃんだったら、どんな治療をしてあげたいか。全ての患者様にそのような思いで誠実に治療にあたっていきたいと思っています。

最後に、私の人生に大きな影響を与えてくれた家庭教師の先生は、今は患者様として、来院して頂いています。

2003年 朝日大学歯学部卒業
2003年 愛知県内の開業医にて、4年間勤務。
兼 朝日大学歯学部附属病院 口腔インプラント科所属
2007年 岐阜県内の開業医にて副院長として、7年間勤務
2014年12月 ききょう歯科クリニック開業